満月の夜にお茶会を開く。カップに注いだ紅茶の水面に満月を映す。そして銀のスプーンでかき混ぜる。すると紅茶の王子様が現れて、願いをみっつ、叶えてくれる。 heavenly days(1) 「シェリーに頼まれたんだよ! 今学校で流行ってるおまじない、お兄ちゃんもやってみてって」 なぁ、頼むぜ花京院。両手を合わせ頭を勢いよく下げられて花京院は一歩のけぞった。ポルナレフの高く立てた髪に上から殴り抜けられるところだった。 「お茶会って、男二人でお茶会って。このシスコン野郎。ああ、失礼。そもそもそんなことでその紅茶王子だかなんだか、妖精みたいなものが呼び出せるなんて、ポルナレフ、君本気で信じているのかい? メルヘンやファンタジーじゃないんですから」 「やってみるだけ。頼む!」 「でも今、茶葉から淹れるような紅茶なんてなくて、お茶といえば玉露くらいかな」 ため息混じりの花京院の言葉にポルナレフは下げていた頭を勢いよく上げ、再び花京院は後ろにのけぞることになった。 「さっすが我が友、花京院!」 お茶ならきっとなんでも大丈夫だろうと言い切るポルナレフに流されるように玉露を淹れた。 「ティーカップに玉露か…。よく考えたらこれ、かき混ぜる必要ないけど」 花京院の言葉をポルナレフは聞いていない。鞄をごそごそと漁り、両手を胸の前で組み、高らかに宣言した。 「シルバー…スプーンッ!」 「ああ、はい、銀のスプーンね」 「これ花京院の分な。よーし、満月映ったか? かき混ぜるぞ。せーの」 ひとまわし。ふたまわし。 月の光を反射したスプーンが玉露の緑にきらきらと輝いて、意外にきれいだと花京院は思ったが、もちろんそれだけだった。それだけで何も起こらないはずだった。 「ほら、やっぱり何もない」 スプーンを引き上げ、テーブルにカップを置いた花京院が見たのは手にしたカップを盛大に傾けて自分を指差すポルナレフだった。 「花京院。お前のカップ…」 「ちょ、ポルナレフ、こぼしてるこぼしてる! は?」 「あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ! テーブルに置いた茶の中身だけが動いている。何を言ってるのか分からねーと思うが」 「いや残念だけど分かるよ! 見たままだよ!」 テーブルの上、誰も触っていないし地震でもないのにカップの中身、玉露だけが震えている。くつくつと煮えたぎるように泡が立ち上り、水面に波紋が浮かんでいる。 恐る恐る、花京院はポルナレフを楯にしながら様子を見守っていたが、不意にカップの中身が眩い光を放ち二人の視界は奪われてしまう。 数秒の発光が収まり、ようやく目を開けた二人が見たのはカップの上にふよふよと浮かぶちいさな生き物だった。 「おおブラボー…!」 「嘘だろポルナレフ…」 妖精と呼ぶにはあまりに鋭い眼光、帽子の鍔を持ち上げ、ちいさな生き物は名を名乗る。承太郎、だ。 「空条承太郎。玉露の、紅茶王子だ」 それは間違いなく紅茶王子だった。王冠もマントもつけてはいない、改造した学生服、まるで不良高校生のミニチュアのような、だけどもちいさな王子様だった。 「玉露なのに、日本茶王子じゃないのか」 「そこじゃねーだろ花京院ッ!」 こそこそと言い合う二人の目の前に承太郎は宙に浮いたままで近付いて言う。かきょういん、てめーが俺のご主人様か。 「ご主人様、てめーの願いをみっつ、叶えてやる」 ▲ (130904)
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