だらだらした夏休みの話。

 仗助くんが一週間の自宅謹慎になってしまった。
 絡まれて、髪型のことを言われて、プッツンしてしまった。そこまではよくある話だったのだけど、運悪く現場を先月着任したばかりの生徒指導主任に目撃されてしまった。
 ぶどうヶ丘は結構自由な校風だし、見た目は改造制服にぺったんこの学生鞄にリーゼントという典型的な不良でも、仗助くんの性根の良さだとか、筋の通った正しさだとかを知っている先生は大抵のことは多目に見てくれる。
 だけどそんなことは新任の先生には関係がない。問答無用で自宅謹慎となってしまった。
 もうひとつ運の悪いことに、僕も億泰くんも一緒じゃなかったのだ。プッツンした仗助くんを抑えることも、フォローすることも、出来なかった。




8月の、蝉と昨日が明後日の話。




 夏休み中でもたいてい僕らは一緒にいた。仗助くんと億泰くんは補習でほとんど毎日学校に通っていたし、僕もよく由花子さんとの待ち合わせまで学校で時間を潰していた。
 今日は億泰くんと僕だけが教室にいる。僕は仗助くんのお母さんである朋子さんから頼まれた。うちのバカはあたしが家で見張ってるから、康一くん、億泰の面倒みてやって。
 仗助くんが一緒じゃなくても、それでも補習にきちんとやってくるのが億泰くんらしい。彼のことをあまり知らない人からすれば意外だろうけれど、億泰くんは見た目よりも真面目なのだ。そして律義だ。
 補習担当の先生は仕事があるからとクーラーの効いた職員室に行ってしまった。
「なァ康一、おめー知ってっかァ?」
 難しいことを考えようとすると頭痛が起きるらしい億泰くんはすぐに集中力が切れてしまう。
 頬杖をついて、外を眺めながら億泰くんは語り始めた。蝉ってよぉ。
「土の中に七年もいて、それで今ああして鳴いてんだよなぁ。外にいる蝉は七年以上は生きてるってわけだろ」
 合ってるよなと聞かれて、そうだよと僕は頷く。
「ってことはよぉ、小学校入ったばっかのガキが蝉いじめてたら、蝉のが年上だからおめーらそれ先輩だぜってことになるんだよなぁ」
 蝉すげぇなぁと机に突っ伏して、汗ばんだ頬をべったりとノートにつけて億泰くんはそのまま続ける。
「だから一週間の外出禁止くらい大したことねーよな。言ってやりてぇなぁ。蝉なんか七年も土ん中だって」
 仗助によぉ、と呟いて顔を上げた頬にノートに書いた鉛筆の文字がついている。
「億泰くん、今日習ったこと、もうばっちり覚えたよね。じゃあそれ仗助くんに言いに行こうよ」
「イエス、たぁ、でいッ! だろォ?」
「日本語では?」
「あさって!」
「……違うよ。イエスタディは昨日だよ」
「マジかよォ! イエス、たぁ、でいッ! 昨日かよォ」
 蝉のことも仗助に教えてやんねぇとなぁ、と伸びをしながら笑った頬にはノートの文字。
 億泰くんは小文字のbとdの違いが分からない。だけど、頬についてしまった鉛筆の文字は反転していて、どちらでもよくなってしまう。
 高校三年生の夏休み。bとdの違いなんてどうでも良くて、イエスタディは未来で、僕らは外出禁止の友達に会いに行く。





(130824)
杜王町の高校生たちがかわいくてかわいくて仕方ないです。ばかなこほどかわいい!