スタンドはいますが、石仮面はなさそうな世界です。

 あれのスタンドがヒトのカタチに似ていないのはどういうことだろうかと考えたこともある。考古学なんて金にもならない学問に傾倒し過去を慈しみ、未来に希望を抱き、人間を愛している。ぞっとするほどの博愛主義者のくせに、その精神を具現化するはずのスタンドが茨だなんて、不可解だ。
 あれが補給者であることも解せない。まるで『与える者』であるくせに、自分自身では生命力を生み出せない。
 そのくせ『与える者』らしく、弱ったスタンド使いを見かけては自分の力を分け与えていて、その度に自分の分をろくに残さずにふらふらとこのディオを頼ってくる。そこが受け継ぎ、与えられてきたばかりの甘ちゃんである所以なのかもしれないが、それにしてもだ。




幸福が水をやる




「ジョージョォ……バカじゃあないのか君は」
「はは、ごめんね。ほっとけなくて、つい」
「つい、じゃあない。そもそも元はこのディオが与えてやった生命力だぞ。それを阿呆のようにほいほいと他人に与えて、結局貴様はこのザマだ」
 ジョナサンは特異体質だ。補給者であるくせに貯蔵者である。体内にエネルギーが残っているうちならば、まるで供給者のように他者に力を分けてやることができる。
「君じゃなくて、ワールドからもらってるもの」
「屁理屈を言うんじゃあないッ!」

 力のやり取りはスタンド同士の唇を介して行われる。人型同士の場合はとても分かりやすい。スタンドに唇に見えるような器官があるかは関係ない。たとえ甲冑のようなものに覆われて見えるスタンドでもそのまま、唇であろう場所に触れ合う。まるでくちづけを交わしているようにしか見えない。
 あの忌々しい空条承太郎もそうだ。あいつがラグビーの練習試合で助っ人に入るといつもよりも試合展開が厄介になり無駄な時間がかかる。
 承太郎とそのパートナーの花京院が力のやりとりをしているのを一度だけ、見かけたことがある。本体のすぐ後ろ、上空でただようスタンド同士が力を交わしていた。
「……ザ・ワールド」
 呟いた俺の意図を汲んでワールドが姿を見せる。ジョナサンは少しだけ腕を持ち上げ指先を伸ばした。
 腕に絡みつくように茨がつたう。指先まで繋がるその茨こそがジョナサンのスタンドだ。ワールドがくちづける様子は恭しくすら見える。茨の棘に唇が触れる。
「ありがとう。だけどハーミットパープルの棘のせいでいつもワールドは痛そうに見えるけれど大丈夫なのかなぁ」
 スタンドの感触は本体に伝わる。くちづけあうスタンドの感触は各々の唇に伝わるらしい。
 人型でないスタンドに唇はない。だからジョナサンは頬にキスされているようでくすぐったいよと笑う。
「ワールドの心配ばかりだな貴様は」
「え、じゃあやっぱり君も痛いのかい?」
 困ったなぁ。棘をなくしたり、スタンドのカタチって変えられるのかなぁ。などと眉尻を下げるから、このマヌケが、とデコピンを食らわしてやる。
「なにをする、だ……ッ?」
「まぁ、このくらいの感触だな。マヌケなお前は実際に体験してやっと分かるだろう」
 不意打ちで軽く唇にキスをしてやったら目を丸くして呆けた後、ぷりぷりと怒り出した。
「なんだい、心配して損したよ! あとどうして僕ら本体までキスしなきゃいけないんだディオッ! 君こそバカじゃないのか!」
 本当はジョナサンの言う通り、ワールドがハーミットパープルにくちづけている時にこちらが感じているのも頬にキスを落としているように柔らかな感触なのだが、わざわざ説明してやることもないだろう。





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