スタンドはいますが、石仮面はなさそうな世界です。

 僕らはスタンド使いだ。スタンド使いは独りになることはない。スタンドは本体に寄り添うように共に在り続ける。
 そして『補給者』と『供給者』とがいる。
 スタンド使いには必ず、対になるスタンド使いがいる。スタンド同士で力のやり取りをしなければスタンド能力を保てないからだ。
 生命力を与えるのが『供給者』、供給者が体内で生成する生命力が溢れてしまって限界を迎える前に『補給者』が受け取る。互いに互いがいないと弱体化し、消滅してしまう。スタンドは本体の精神力であるので、スタンドの消滅は本体の死を意味する。

 僕のハイエロファントグリーンの対であるスタープラチナ。ハイエロファントは供給者、スタープラチナは補給者である。
 つまり、ハイエロファントの生命力をスタープラチナに与えている。
「承太郎、そろそろ足りなくなった頃だろう?」
「ん」
 承太郎は帽子のつばを持ち少し顎を引いた。その表情は見えなくなる。
 瞳を閉じたスタープラチナにハイエロファントがくちづける。唇を介してハイエロファントの力がスタープラチナへと供給される。

 それにしても不思議だと思う。スタープラチナも、本体である承太郎も、あんなに頑健で惚れ惚れするような、それこそ生命力の塊であるように見えるのに、スタープラチナは体内で力を生成できない。ハイエロファントが与える力がないと生きられない。
 勿論それは逆もしかりで、ハイエロファントの生成する力はスタープラチナに与えない限り無尽蔵に膨れ上がってしまう。おそらく本体である僕ごと破裂してしまうだろう。

 供給者と補給者。互いがいなければ生きられないし、スタンド同士がくちづける感覚は間違いなく伝わる。だから必然、供給者と補給者以上の関係になる者は多い。その組み合わせは性別を問わない。だから僕はパートナーである承太郎のことを好きになってしまってもおかしくはない。
 ハイエロファントの生み出す莫大なエネルギーはスタープラチナでなければ受け止められない。僕らは間違いなく彼らに依存している。
 だけど僕がそういうことを承太郎に伝えることはない。
 彼らの中に僕らのエネルギーが流れ、あの緑の瞳を輝かせている。それだけでひどく幸福だと思う。

「ん、もういいぞ」
 言葉と共に顔を上げ、正面を向いた承太郎の瞳が僕を見る。ハイエロファントと同じ、翡翠のような瞳。流れ込んだ生命力をそのままたたえた泉の色のようだといつも思う。
「はい、お粗末様でした」
「いや、御馳走様でした」
 ありがとうと感謝の気持ちを示すように互いの額をつけ合っているスタンドの様子はじゃれ合う子犬を見ているようで、微笑ましい気持ちになる。
 スタンドの感覚は本体に伝わる。力を交わしている時はまるで承太郎にくちづけているようだし、まるで労り合うように寄り添うスタンドの姿は奇跡みたいに愛おしい。
 だから僕は唇の感触だけで構わないのだ。




幸福に水をやる




 思っていたよりも消耗してしまった。いつもなら吊革を掴んで立っているところだが、今日だけは座席を使うことを許して欲しい。
 スタープラチナが形を保っていられなくなり、揺らぎ始める。俺は俺でうつらうつらしてしまう。
 スタンドが見えない人間にはいわゆる不良の男子高校生がだらけているように見えるだろう。
 携帯を取り出しかけてやめる。そうだ、まだ俺は電車の中だ。駅に降りて再び電話をかけるのも億劫で、改札を抜けた俺はひたすらに花京院の住むマンションに向かった。

 俺とスタープラチナは『補給者』である。だから『供給者』である花京院とハイエロファントがいなければ生きられない。
 今日はラグビー部の助っ人をするからといつもよりも多めに貰っておいたのに、結局このザマだ。溜め置けるエネルギーには限界がある。
 気を抜くと眠り込みそうになる頭を振り、脚を引きずるようにしてようやく辿り着いた表札の下、重い腕を持ち上げて押したインターフォンに返答はなく、虚しく響くだけだった。
「携帯……」
 ずるずると玄関の扉を背にうずくまればそのまままぶたが落ちていく。揺らぐスタープラチナに携帯を差し出して、そのまま俺は意識を手放した。

 翡翠に光る海に沈めば、透明な水の世界が広がる。あの緑の光は海のようで、植物のようで、生命そのものに似ている。
 俺の名前を呼んで小さく首を傾げた時に揺れる薄紅の髪はそういえば花弁のようにも見える。
「そろそろお目覚めかい?」
「……! かきょう、いん……」
「ごめんね。買い物に出ていたんだ。君が意識を失ってすぐ、スタープラチナが電話かけてくれたみたいで」
 ずっと無言だったからスタープラチナだって分かったよ。最強のスタンドが、メールを打てなくなるまで消耗するなんてね、とのん気に言う。
「ラグビー部の助っ人だからって昨日は多めに充電したのに足りなかったかい?」
「あいつが……ディオも助っ人で、姑息で素早い戦術で。それからジョナサンもいて、止めきれなかった」
 玄関先でくちづけあうスタンド達の下で、やれやれだと俺は掌で顔を覆った。

 部屋の中に招かれてようやく人心地つく。
「それにしてもこんな限界になるまで充電しないなんて正気の沙汰じゃない。嘘だろ承太郎、って言いたいところだよ。いつもだけど、どうして他の人からもらわないんだい?」
「お前達のじゃないとだめだって、スタープラチナが」
 無茶苦茶だなぁと間延びしたように笑うから、それが少しの優越感を滲ませているから、まだ大丈夫だと思う。
「わがままだねぇ。君達は」
 君達は。そう言って微笑むから、ああ、ばれてしまっているのかもしれない。俺にはお前だけだと。





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