転生パロ。仗助くんがディオジョナの2人とゆるゆる3人暮らししています。

「ただいまーっス」
 玄関を開けて脱いだスニーカーを落としながら言った台詞に返事はない。誰もいないわけではない。だって、同居人達が普段履いている靴はきちんと揃えられて脇に寄せられているし、とっておきの革靴も、靴箱の中にやはり仲良く並んでいる。
 ぴかぴかに光る高級な――ジョンロブだと言われた時にエルメス傘下じゃないっスかと目を見張った――革靴。隣に並ぶエドワードグリーンは――ほんのちょっぴりレトロなデザインでありながらも――洗練されていて、持ち主にどこか似ている。
 とっておきの革靴。これは仗助の分も一緒に置いてある。同じくバリーのスニーカーと並べている。
 絶対に部屋の中には誰かがいるのに、音が聞こえない。会話をしている様子を感じることができない。ただ、空気だけが伝わってくる。
 気まずい。仗助は流れた汗を手の甲で拭い、リビングのドアを開けた。




平凡ラブリーデイズ




 まず艶やかな金髪の後頭部が視界に飛び込んでくる。いつもの定位置。逆L字型のソファーの角はリビングの隅に置かれたテレビ画面の真正面にあたる。だから此処に座るのだとこのミントグリーンのソファーを最初に部屋に運び入れた日、金髪は言い放っていたけれど、テレビ番組になんてほんとうは興味がないことを仗助は知っている。
「あ、おかえり。仗助くん」
 そして逆L字型のソファーの長い方に端に座る黒髪の男がようやく気配に気付いたかのように仗助を振り返った。
「ただいまっス」
 こちらはいつもの定位置ではない。だってテレビにいちばん近いそこは仗助の定位置なのだ。持ち込んだゲームをいちばんプレイしやすい位置。
 だから三人でゲームをする時にはL字の長辺は一杯になる。揃いも揃って立派な体格の大の男が三人、それでも並んでコントローラを握るので。
 金髪をだらんと後ろに倒し、ディオは逆さまになった顔面を向ける。ディオは凄まじい美貌の持ち主であったがどこかで助けを求めるように情けない瞳で仗助を見て、帰ったのかと呟いた。
 玄関を開けた時から感じていた重たすぎる部屋の雰囲気。案の定だと仗助は小さく溜息をついた。喧嘩してんじゃあないっスか。
 ディオがソファーの角を陣取る理由にテレビの画面など関係がない。ほんとうの理由は角にいればジョナサンがどちらの辺に座っても隣にくることになるからだ。そんないじましさをジョナサンも仗助も知っていて、だからジョナサンの定位置はディオの隣、しかも必然的に距離が近くなる短辺のほうなのだけれど、それが今はどうだ。ジョナサンは長辺のいちばん端、つまりディオからいちばん遠くなる場所に座っている。
 仗助は自分の部屋に鞄を置いて、部屋着のシャツを着ながら二人の様子をうかがう。ジョナサンが仗助の定位置にいるものだから調子が狂う。だからと言ってジョナサンのいつもの場所――ディオに一番近い位置――に座るのも正直つらい。多分ディオもそんなことは望んでいないだろうし。
 とりあえず時間稼ぎに冷蔵庫から麦茶を取り出しグラスに注ぎながら考える。さっきのディオの救いを求めるような目、仗助に対してはいつも通りの様子で微笑んだジョナサン。これはまたディオが何かやらかしてしまったパターンだなと思いながら麦茶を仕舞うために再び冷蔵庫を開き、仗助は気付いた。
「あっ…、ディオ、ちょ……もしかして」
 プリン、食べちゃったんすか? 仗助の声にぴくりと二人の肩が揺れる。ディオはぎこちない動きでジョナサンの横顔を盗み見た。
 ジョナサンが口を開こうとした瞬間、弾かれたようにディオは喋り出す。
「そ、そうだ! 確かにプリンをうっかり食べてしまった。だがその程度でこいつはこのディオをぶん殴る勢いで怒っているのだ! 度量が狭い、狭すぎると思わないか? 仗助!」
「いやいやそれはディオが悪い! そもそもどうせちゃんと謝ってないんでしょ。あれ、ちゃんと“ジョナサン”って書いてあったじゃないっスか!」
「そうなんだよ仗助くん! 僕、ちゃんと名前書いてたよね。蓋にも底にも側面にも名前書いてたのに、ディオったら食べちゃったんだよ。うっかり帝王だよね!」
 しかも謝らない! ばんっ、とジョナサンが勢いよくローテーブルを叩いたからそれには思わず仗助も肩をすくめたが、仗助の比にならないほどディオは大きな身体を縮めようとでもするかのように、顔面を両腕でガードしている。反射的に、らしい。
「こ、心が狭いんじゃあないかジョジョォ……」
「確かに美味しかったね。三人で食べたもんね。でも僕は自分の分をとっておいたんだよ。金曜日の夜に一週間がんばった自分へのささやかなご褒美にしようと思ってとっておいたチョコプリンだよ?」
 うっかり帝王ならそれなりに、すぐに謝ってくれていたら僕だってこんなに怒ったりしない! 握り拳を震わせてジョナサンは大変悔しそうに言った。
 普段が穏やかな、静かなる男である分、ジョナサンがこうして怒っている様子はその理由がどんなに些細な理由であれ破壊力がある。
「なんで謝らないんスか」
「こ、このディオが謝るなど、天地がひっくり返ろうともありえん!」
「いや、ちょいちょい謝ってるじゃないっスか。そもそもそんなびびってるわけだし」
 基本的にこの二人の喧嘩はディオが何かをやらかしてジョナサンを怒らせるパターンで発生する。数少ない逆の場合は怒ったディオをジョナサンがなだめて終わる。
 ディオが悪いわけなので、素直に謝りさえすればジョナサンは大人なので許してくれるはずなのに、ディオが意味不明な意地を張ることで状況はいつも悪化する。仗助は知らないが、何年か前には泣くまで殴られたこともあるらしい。確かにジョナサンは世間一般には美しい男とされるディオの顔面に対しても容赦がない。
 あいつは爆発力が半端ないのだとディオは悔しそうに語るけれど、じゃあさっさと謝れば良かったんじゃないっスかと仗助はいつも思っている。
 ぷいと膝を抱えたジョナサンに、かわいくないぞジョジョォと負け惜しみを呟いたディオ。その様子を見ながら、仗助は何度目かの溜息をつく。ディオが謝らないから引けなくなっているだけで、ジョナサンさんだってほんとうはもうそんなに怒ってないじゃないっスか。
 仗助はディオを呼んだ。冷蔵庫の中を見た仗助は知っている。いちばん下の段に、ディオが食べてしまったのとまったく同じではないけれど、チョコプリンがよっつ入っていた。自分の分と仗助の分と、ジョナサンにはふたつ。きっとそういうつもりで。
 素直に謝って、かわりのプリンを買ってきたと言えば済む話なのに、仗助が帰ってくるまでタイミングが掴めなかったのだろう。
「プリン、ちゃんと買ってあるんだからそれ出して、ごめんなさいすればいいんスよ」
「……」
「永遠にジョナサンさんがソファーの端っこに座ったままでもいいんスか?」
「ええい! このディオが折れてやるんだからな!」
「はいはい。ジョナサンさーん、ディオが言いたいことがあるらしいっスー」
 あ、ばか、心の準備が。なんて焦るディオの言葉は無視してジョナサンの元へ押し出した。

 東方仗助。大学生。専攻はバイオ科学。好きな靴のブランド、バリー。たまに買うもの、スクラッチくじ。
 住居、大学近くのとあるマンション。三人暮らし。
 特技、同居人であるゲイのカップルの喧嘩の仲裁。
 奇妙なルームシェアを始めてから一年と少し。

「血を見る前に謝るべきっス」
 あんたらの喧嘩は可愛いけれど可愛くない。もちろん、犬も食わない。





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(BGM:スムルース/ビューティフルデイズ)