1部でも7部でもない、パラレルワールドです。

 イギリス競馬界の貴公子が颯爽とゴールを決め、割れんばかりの歓声に包まれたその日一番の大勝負。
 ロンドンの空はいつもよりも暗く灰色に塗られていた。客席にとある紳士の姿があったのはもうじき雪が降るだろう、二月の初めのことだった。




銀の弾丸は吸血鬼を撃ち抜かない。




 十二になった年の春だった。ディエゴは不意に納得した。すとんと胸の内に落ちてきた事実があった。
 自分は間違いなくディエゴ・ブランドーであるのだけれど、己の魂はディオ・ブランドーである。思い出したわけでも、気付いたわけでもなく。生まれもって、否、生まれる前からの事実であると納得していた。
 かつてディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターと出逢うことにより始まった因縁は終わりを迎えていない。
 終わらない因縁は時代も場所も超越して、繰り返し続ける。
 ディオ・ブランドーの魂が何度も何度も繰り返しているそのうちの一回。それが、今の世界であり、今のディエゴ・ブランドーなのだ。
 繰り返しはディエゴとしても起こっている。この世界はディエゴ・ブランドーとジョニィ・ジョースターとしての世界とはまた違う。この世界のジョニィはジョナサンではない。
 ディオの魂はディエゴの中にあり、ジョナサンの魂はジョナサンの中にある。ジョナサン・ジョースターの魂はジョナサン・ジョースターその人に在る。
 此処は、かの始まりのジョナサンがいる世界だ。
 だからディエゴは探した。ディエゴはディオである。それが事実である以上、その魂はジョナサンを求める。

 ジョニィの中にジョナサンの魂がない。それはジョニィが器でしかないということで、この世界においてのディオも同様であった。
 だから、ジョナサンの近くにいるであろうディオに魂はない。
 ひとつの世界に同じ魂はひとつ以上存在しない。この世界においてディオがディエゴである以上ジョナサンのそばにいるあのディオはこのディオではない。
 ディオではないにも関わらず、器でしかないディオもまたジョナサンをいじめ、孤独に追いやっている。なぞっている。
 装置でしかないディオ・ブランドーは、しかし装置であるがゆえにジョナサンを陥れ、貶める。
 世界はそうして辻褄を合わせる。繰り返すためにだけ、からっぽのディオはジョナサンを追い詰めているのだろう。
 ディエゴはすべてを知るわけではない。此処ではない何処かで迎える結末も、ジョナサンとディオの戦いの詳細も。ただ、ぼんやりとしたイメージだけをディエゴは持っていた。幼い頃に本など読み聞かせてもらったはずがないのだけれど、きっとそういうものに近いのだろうとディエゴは考えている。
 まだ見ぬジョナサンが、このディオではないディオに虐げられている。それをディエゴは嫌だと思ったから、ジョナサンに会わなければならないと確信した。ジョナサンのそばにいるのがこのディオでないということが嫌だった。

 十二の春から七年かけた。五歳の時から馬の世話は得意だった。不思議なことに、どんなに気性の荒い馬もディエゴの友となった。
 ディエゴは母が願った通り、気高く生きた。
 ジョナサンその人との直接的な繋がりを持たないこの世界でディエゴは己の才能だけで、生まれも育ちも関係がない、誰よりも速く風を切り、駆け抜けることで、イギリス競馬界を登りつめた。
 ディエゴは頭上にDioの名を掲げている。ディオでも、DIOでもなく、Dio。
 DIOと名乗っていた頃のディオをジョナサンは知らない。ディオは人間をやめ、人間としての名を捨て、ファミリーネームを消し去った。DIOは、ブランドーでもジョースターでもない。繋がりを捨て去った。
 ディエゴはディオであり、しかしやはりディエゴはディエゴである。DIOではない。Dioはディエゴがジョナサンに呼ばれるために掲げた名だ。

 ――もうじきだ。ジョナサン・ジョースター。貴族である貴方に邂逅すべく、ふさわしい立場を身に付けた。
 誰よりも速く駆け抜けたイギリス競馬界の貴公子は、客席を見上げ、口角を上げた。歓声が遠くなる。
 世界の辻褄は合う。かつての世界で彼らは十二の年に出逢った。疑念と疑惑と罪悪感を抱えた偽りの友情を彼らは七年かけて育んだ。
 ディエゴは七年をかけて辿り着く。魂と魂は呼び合う。
 ディエゴ・ブランドーが群衆の中からジョナサン・ジョースターを見つけ出す。
 それはジョナサンが二十一になる少し前の二月のことだった。

 銀の弾丸は、紳士を狙い澄ます。





(130710)