3部終わり。DIO様が倒された後。DIO様の夢が叶う話。

 自分の欠点は怒りっぽいところと詰めが甘いところだとディオは百年以上前に自覚していたが、どれだけの歳月をかけようと根本的にその欠点をなくすことは出来なかった。




happy hunting ground.




 承太郎に敗北したのち、灰となり散滅してゆく身体を実感していた。言葉をなくし、形をなくし、それでもディオの意識はディオであり続けた。
 ディオは考えていた。自分は空条承太郎ただ一人に負けたのではない。結局のところこうして自分を焼くのは太陽の光だ。光の許に引きずり出したのはあの血統だ。
 指の先、足の先、髪の毛の一本まで焼かれ、散滅したあと、ディオはもう存在しないはずの瞳で見ていた。
「ジョジョォ…」
 ないはずの喉がその名を呼ぶために鳴る。かの忌まわしき血統。その始まり。ジョナサン・ジョースター。
「ひさしぶりだね、ディオ」
 まさに始まりの頃、出会った頃の、十二、三の頃のジョナサンだった。
「笑いに来たのか? このディオを」
「迎えに来たんだよ」
 瞬きをひとつする間に、ディオは何も無い空間でジョナサンと向き合っていた。身体は散滅してしまった。もう肉体的感覚はない。ディオの精神だけが、かつて此処にあったという記憶だけで、目らしき部分でジョナサンを見つめ、耳であったはずの場所でジョナサンの声を聞き、口であろう部分でジョナサンと言葉を交わしていた。
「このディオを、貴様のようなマヌケが迎えにきただと?」
「天国に、行くんだよ」
「それはそれは、ずいぶんと笑えないジョークだなあジョジョ」
 ジョナサンは微笑んだ。君も天国に行くんだ。
「天国に行く条件を、君はもうクリアしていたんだ」
「条件、だと?」
 そうだよ、とジョナサンは頷く。ほんとうは天国に行けない人の方が少ないんだ。だって、天国に行く条件ってば君にとって残酷なほど、簡単なんだよ。
「人生のうち、誰かを、何かを、強く思えばいい」
「は?」
「そしてその相手が先に天国にいた場合、迎えに来るんだ」
「ではつまり、俺が貴様のことを強く思っていて、そのせいでお前に迎えられて天国に行くのか?」
 強く思っていただと? ジョジョ、貴様を? あれだけ壮絶な殺し合いを幾度も繰り広げたお前を?
「……このディオは、自分のことしか好きではない」
「やっぱり君は嘘つきだねディオ。君は誰より自分が嫌いだったくせに」
 ジョナサンの姿は少年だったが、しかし落ち着いた物腰は大人のそれであった。全てを見透かすように、まるで事実のように語るから、ディオをひどく苛立たせた。
「馬鹿なことを言うもんじゃあないぜ」
「身体、なのかも。君のものになった僕の身体を大事にしてくれたからかもしれない」
 痛みをこらえるように胸元で握りしめた拳をジョナサンが見つめていた。拳がある。この時、すでにディオは散ったはずの身体でその空間に立っていた。
「神様のルールだから、よくわからないよ。執着や憎しみだったように見えても、君がどう思っていても」
 エリナのところにも、スピードワゴンのところにも行った。僕がこうして君を迎えにきたということは、そういうことなんだよ。ジョナサンは肩をすくめる。
「貴様のそういうところが嫌いなんだ」
 愛されるしか能のない、そういうところが。

 何もない空間はひどく明るかった。あまりにも長い時間、闇の世界でしか物を見ていなかったから、瞳が痛む。ディオがひとつ、長い瞬きをした。
 ジョナサンの隣に、男の身体が立っていた。いつかの古城で突き落とされた、首から下だけの男。
「君の、元の身体だよ」
 未だ少年の姿でジョナサンは隣に立つ男の手を取った。
「奪うのか? このディオから。お前の、身体を」
「ちがうよ。僕は天国で、君の身体と待っていたんだ」
 困ったように笑う。いつもいつもディオが泣かせて、孤独に追いやってきたはずの少年が笑う。ディオ、と声が響く。馴染むとか、馴染まないじゃない。百年ぶりの君の身体だ。
 一緒にいてあげるから。
「……ッ」
「百年よりも長い時間、僕の身体といてくれて、ありがとう」
「いつだってひどいのはお前のほうだ。ジョナサン」
 あっけなさすぎる。馬鹿みたいじゃあないか。太陽に焼かれ、全てをなくして、やっと手に入れるのは百年も前に自らが捨てた己の身体と、そして。
「ほら、夢が叶う。天国に行くんだ。ちゃんと、自分の身体で」
 差し出された小さなてのひらにディオは手を伸ばした。指先が触れる直前、太陽に似た山吹色の光が世界を覆う。そのほんの刹那の間に、二人の身体はそれぞれ自分のものに戻っていた。
 ジョナサンは子供の姿から、大人の肉体に。あの船上での身体に。
 ディオも元の自分の肉体に。
 そして指先が触れ合う。先ほどまでディオのものであったてのひらがジョナサンとしてディオの手を掴んだ。
 まるでやり直すように手を取り合い、ジョナサンが言う。
「君はディオ・ブランドーだね?」
 ディオはジョナサンの意図を汲んで口端を上げた。いつか、友人のような顔をしていた頃のように、人間であった頃のように。
「そういう君はジョナサン・ジョースター」
 もっともっと以前、初めて出会った頃には交わさなかった握手だった。





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