「玲志くん! れぇーじくーん!」
 一人のはずの部屋の中で、甘ったるい声が響く。
「なんだよ」
 俺は携帯から顔を上げて聞く。
「わたくし、もうこの映画飽きました。新しいのが見たいのです」
「わがまま言うなよ。明日からレンタル半額だから明日まで我慢しろバカ精霊」
「バカとはなんですかバカとは」
 一人の部屋の中で聞こえる声は、ほんとうには空気を震わせない。
 その声は自分にしか聞こえない。間違いなく、幻聴などではなく、だけど他人の耳には届かない。
 その姿は自分にしか見えない。だけど触れることはできない。間違いなくそこにいるのに、伸ばした手はすり抜けて何の感触も残さない。




スーパーカラフル





 友達から大量に借りたゲームに混じっていたえらく綺麗なジャケットのソフト。それが「デザート・キングダム」だった。
 最初はアラビアンな雰囲気のファンタジーなのかなと思いながらろくに説明も見ずにハードに突っ込んで、しばらく進めてから恋愛シュミレーション、しかも女性向けだってことに気付いた。
 あいつ姉ちゃんがいるって言ってたよな。紛れ込んじまったのかななんて考えながら、でも途中でやめることはしなかった。少し気恥ずかしいような気もしたけれど、でも主人公の魔神のお姫様が思いの外、可愛かったから。
 半分徹夜みたいな状態で最後に表れたウンバラルートまでクリアして、むかつく奴だけど良かったなと不覚にも感動したりして、そしたら予想通り寝過ごして学校には遅刻しそうになった。
 そこまではまぁよくあることだった。授業中に居眠り出来なかったなと欠伸をしながら部屋に帰り、早めに寝て、また起きて明日には学校に行く。そうなるはずだったのに部屋を開けた瞬間、そんなところにいるはずのない精霊に迎えられたのだ。
「はぁ!?」
「あ、お邪魔しておりますー」
 灰色に近い肌の色。ただの銀髪と呼ぶのは躊躇われる、何色かが混ざった長い髪。緑の瞳。おかしな帽子に、金の首飾り。腕輪。上半身はほぼ半裸。ふわふわと宙に浮いて軽薄そうに笑う。つまり、ウンバラバッパーだった。
「ウンバラ……?」
「おや、わたくしの名前をどうしてご存知なのです?」
「あー、いや、分かった。あんまり寝てなかったからな。仕方ない。とりあえず寝るわ」
 そう、そう思って当然だった。寝不足は現実なのだから、既に夢の世界であると考えるのが自然だった。
「ええーなんですかそれーいきなり放置プレイなんて高度過ぎますよぅ」
「気持ちわりぃこと言うなよ」
 ウンバラはゲームと同じ、どこか癪に触るのに憎めないおかしな口調で話した。

 他人に言えば頭がおかしくなったと思われるだろうけれど、残念ながら夢ではないらしい。夢ならアスパシアに出てきてもらいたかった。何が悲しくて男キャラで、よりにもよっていかれたお助け精霊なんだよと思う。
「つーか、どこから出てきたんだよ」
「それはもちろんこのランプからでございます」
 部屋の隅に置かれたランプは確かにゲームの画面で見たことのある物だった。今朝慌てて部屋を出る前に何かを蹴飛ばしたような気はしたけれど、だけどまさかこんな超常現象が起きるなんて考えられるはずがない。
「お前に実体はないけどランプは触れるんだな」
 そういう設定は同じなのに生憎こいつの姿が見えるのは偶然ゲームをクリアしただけのただの男子高校生で、アスパシアじゃない。
「この世界でのわたくしは、なぜここにいるのか、誰がわたくしを生み出したのか、誰のために存在するのか、わからないのです」
 魔神の、アスパシアの父親じゃないのか。そう言いかけて口をつぐむ。
「お前のそういうとこ、ずるい」
「へ? 何か言いました?」
「なんでもねぇよ」
 ここにはお前の"姫様"はいない。

 そうして、どうしようもないからゲームからキャラクターが出てくるなんて超常現象を受け入れることにした。ただ俺一人に見えるだけで、まぁちょっとうるさいけど害はない。共同生活と呼ぶのも少しおかしい気がするけれど。
 俺が借りてきてやる映画を見たり、俺がプレイしているゲームに横から口出ししてしてきたり、ふわふわ浮いた状態で気ままに過ごしている。
 ウンバラは自分が俺にとってのゲームの世界の住人だってことを意外に柔軟に受け止めて、ただ、うらやましいと呟いた。
「あちらの世界のわたくしには姫様がいる。たとえ、結ばれなくても、彼女のいる世界に、彼女のいる世界と繋がっている世界にいられることがうらやましい。どこの世界でもわたくしはわたくしなのに。ちっぽけなただの精霊なのに」
 何度も何度もいろんな世界でお前はお前の主人を見守っていたもんな。
 ひどく能天気そうに、軽薄に振る舞いながら、不意に見せた寂しい顔がゲームと同じだから、だから俺は少し悔しくなって触れもしない精霊を軽く殴りたくなる。ああそうだ、こいつのこと、アスパシアは殴れたんだった。見えるし声も聞こえるのに、俺はこいつの主人じゃない。

 見えるだけ、聞こえるだけのただの高校生だからまだ言ってないけれど、俺には外国の血が流れてるんだ。クォーターよりもっと薄い。だけど間違いなく、遠い国の名前もあるんだ。玲志ってのは日本名で、本当はレジェッタ。あのキャラとおんなじ名前なんだ。だから、もしかしたらって思っている。
 こんな偶然が他にもあって、お前が見守ってきたそれぞれの世界で彼女を幸せにする誰かもいるかもしれない。そんな奴らに会えるかもしれない。もしかしたらお前の姫様もこっちの世界のどこかにいるかもしれない。
 頭がおかしくなったのなら、全部夢だったなら、良かった。そう思って突き放せたら良かった。
 だけど確かに、誰にも見えないそいつが見える。声も聞こえる。知っているだけだった向こう側の存在が、なんの手違いかここにいる。
 向こう側にいた時のことを知らなければ見なかったことにして、頭がおかしくなったと、夢でも見ているのだと自分をごまかせただろうけど、もうそれはできない。あちらの世界の悲しいも寂しいもせつないも、それから幸せも、全部知ってしまっているから。
 アスパシアがほんとうにいたら俺も好きになっちゃうかもしれないけど、そん時はそん時だ。なぁウンバラ。





(12021)
ある意味転生パラレルと言えなくもないような好き勝手設定です。
(BGM:スムルース/スーパーカラフル)