こんなパラドクスが起きても良いのか。 いくつもいくつも存在する世界の中で、自分には己が存在する理由がない。世界と並びたって己が存在する理由はただひとつ、かの主の為なのに、その理由たる存在がこの世界にはない。彼女がいなければ、己が生まれるきっかけも、最初から存在しない。 祈る神も呪う神も分からない。自分を生み出すはずの魔神は存在しない。 誰に問うべきかも分からない。どうして、どの世界にも等しくこの魂を遣わせたのか。 keep under one's hat なにもない所から生まれてしまった。 主を導き訪れるはずの人の子の世界でぽつんと立ち竦む。誰にも見えないこの身体を道行く人がどんどんと通り抜けてゆく。 このまま誰にも触れず誰も導かず誰も救えず、世界の終わりを待つのだろうか。自分でない自分は仕えるべき主に付き従って行動するのに、自分には誰もいない。理由もなく存在だけが此処にある。 「おっ、おま……なんなんだよ……」 「へ?」 肉体を持たない、人の目には映らないはずの背に不意にかけられた声に振り向くと、年の頃は五つくらいだろうか。橙の髪、気の強そうな瞳に僅かな恐れと好奇心を滲ませた少年がいた。 「もしかして、おばけ、なのか?」 「……おやおやわたくしの姿が見えるんでございますか?」 レジェッタくん。全ての世界で全ての自分が主と共に出会うはずのその名を呼べば少年はますますその瞳を大きく開いた。 「なんで俺の名前知ってんだよ?」 ああ、此処は時間軸までずれた、本来あるべき時点の少し前の世界なのかと理解する。 「ふむ、もしかしたらわたくしのことはバカ王子やサディスティック宰相や天然アサシンやアンチ神様先生にだけ見える、とかでしょうか。それとも感受性の強い今の君にだけ見えるんですかねぇ」 「なに一人でぶつぶつ言ってんだよ! 結局お前はなんなんだよ!」 君は、君達は出逢えないのに。彼女の形をした欠落に気づかずに、なにも知らずに平気な顔をしてこの世界を生きる。自分は絶対に語らない。 かの存在を知っている自分とどちらが哀れなのだろうか。 「だーれにも見えないわたくしはずっと、さみしかったんデスヨー」 強いて“自分の口調”で話し、ウンバラは笑ってみせた。 ――わたくしは精霊。ウンバラバッパーでございます。 ▲ keep under one's hat (秘密にしておく)
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